医療機関インタビュー

飯塚病院 ~「セル看護提供方式®」の導入と定着~

副院長兼看護部長 森山 由香氏

所在地 福岡県飯塚市
病床数 1,048床(一般:978床、精神:70床)
主たる医療機能 急性期機能
職員数 2,393人(医師318人、看護師1,035人、医療技術職541名、事務職等499名)
※2020年2月1日現在

インタビュー記事


副院長兼看護部長 森山 由香氏

 飯塚病院は福岡県の中央部に位置する飯塚市にあり、株式会社麻生が経営する企業立病院である。飯塚市・嘉麻市・嘉穂郡桂川町で構成される飯塚保健医療圏の災害拠点病院であり、地域医療支援病院の承認や多数の指定機能を有する地域医療の中核を担う病院である。
 そんな飯塚病院で導入している「セル看護提供方式®」(以下、セル看護)について取り組みのキーマンである、森山由香 副院長兼看護部長にお話を伺った。

-「セル看護提供方式®」を導入したきっかけは?

森山 セル看護導入以前の、前看護部長の時代に当時の院長から「断らない医療の実現」という方針が打ち出されました。この方針は現場に大きな変化をもたらしました。平均在院日数が一気に短縮され、ベッドの回転数が上昇し、業務量が増えたことでインシデント数も増えていきました。この変化に業務調整が追いつかず看護師たちの疲弊感は高まり、忙しさを理由に看護師が次々に辞めていく状況にありました。離職していく看護師からは、「ここには看護がない」という言葉を投げつけられたこともあったと聞いています。そこで、前看護部長は、この要因は看護師不足にあると判断し、まず看護師の数を増やす事に専念されました。
 「リクルート室」を立ち上げるなどして看護師採用目標数の1,000人に達しました。しかし、看護師の数を増やしても看護師の大変さ・疲弊感は全く変わりませんでした。そこで、看護師の数を増やすだけでなく、やり方を変えなければ変わらないということに気付かれ、また、この「大変さ」を「やりがい」に変えられないか、看護を本来の楽しい仕事にできないかと考えられました。
 そのような中、当時の看護部長は、2009年11月に米国シアトルの、バージニア・メイソン病院(VMMC)を訪問する機会を得られました。VMMCはトヨタ生産システムをベースに、改善活動に熱心に取り組んでいる病院です。そこで、前看護部長が目にされたものは、誰もいない薄暗いスタッフステーションでした。看護師はどこにいるのか探したところ、看護師たちは看護助手とともに病室の中にいました。それを見た時に「これこそ私の求めていたイメージだ!」と感じられ、ぜひこれを飯塚病院で実現したいと考え、業務改善に取り組み始めました。「看護師がなるべく患者のそばにいる」という、セル看護のコンセプトがここから生まれました。看護師がいつも患者の近くにいれば、患者の状態の変化に気づきやすく、患者の気持ちもよくわかります。スタッフステーションを拠点とする動きに比べ、病室または病室周辺を拠点とする看護業務は動線が短く、作業効率も良いと言えます。
 こうした取り組みを積み重ねることによって、看護部が導き出したマネジメントの方程式があります。看護部が受け継いできたことは、「人が楽しいと思って働く→モチベーションが上がる→生産性が向上する」です。看護師が楽しいと思える瞬間をつくることが生産性向上の第一歩であり、看護師の生産性が向上すれば医療の質は上がってくると考えています。

-導入の流れは?

森山 はじめに、セル看護導入に向けたプロジェクトチームを立ち上げました。まずは1つの部署に導入し、モデルケースを作っていきます。試しにやってみることで、ちょっとした変化を掴むことができ、ここが良くなった、あそこも良くなった、というように、小さな成功体験を得ることができます。こうした成功体験を他の病棟にも共有することで、「あの病棟はセル看護を入れてこんなに良くなった」、といったような評判が広まっていきます。こうして、他の病棟へと少しずつ水平展開していきました。

-導入時の取組みについて教えてください。

森山 当院が開発したセル看護提供方式®とは、「患者や看護師にとって利益にならない“ムダ”を省いて、ケアの受け手の価値を最大化すること」を目指した看護提供方式です。その概念は、ナースの「動線」に着目し、改善手法を用いて動線のムダを省き、「患者のそばで仕事ができる=患者に関心を寄せる」を実現することです。また、受け持ち患者数を減らすために、担当看護師の受け持ち患者数は均等割りにします。ケアの必要度の高い場面に看護師を配置します。さらに、「患者対看護師」の仕事のやり方に時間軸を入れたのが大きな特徴です。

○動線(動き)のムダ、記録のムダ

森山 従来はチームナーシングを取り入れていました。この方式は、看護師はケアが終わればスタッフステーションに戻って記録する、患者のナースコールが鳴ればまた病室に行きケアが終わるとスタッフステーションに戻って記録する状態でした。このようにスタッフステーションがナースの拠点となっていました。
 看護師の動線に着目してみると、スタッフステーションと病室を行き来することが動線のムダであることに気付きます。また、必要な物品が欲しい時に、スタッフステーションや倉庫に取りに行き、また戻るという動線にもムダがあります。また、チームナーシングではリーダーナースの指示のもとにメンバーが業務を遂行する方式です。とくに、新人看護師は患者さんの異常を発見したときのみならず、バイタルサインの測定結果や観察結果の報告、実施したケアの報告をリアルタイムにチームのリーダーに報告するため、リーダーナースを探すことに時間を費やしていました。やっとリーダーを見つけたとしても、リーダーナースが患者のケアに追われて忙しそうな場合、声をかけることに気兼ねして報告する際に戸惑う姿が度々見られていました。このことは、新人看護師のストレス度調査でも上位を占めており、非常にストレスがかかっていたようです。人や物を探すことも動線(動き)のムダであると言えます。
 看護師の動線調査からわかったこととして、看護に必要な物を運ぶために物品の置き場所と病室を行き来する時間も膨大でした。業務に必要な物品の整備が動線のムダを省く鍵になりました。電子カルテ用ノートパソコンのカートに必要な医療機器や医療材料などを最初から整備して置くようにしたことで、スタッフステーションに戻らずに作業できる様になりました。セル看護においては、ノートパソコンをのせたカートとともに看護師が病室の患者間を移動します。記録された患者情報はこのノートパソコンで参照し、患者に対応しながらその場でパソコン入力して記録します。このカートには必要な医療機器や医療材料などもセットされ作業効率を高めていると言えます。

○配置のムダ

森山 飯塚病院の看護師の配置は7対1です。この場合、日勤帯の看護師の人数で入院している患者さんの人数を割ると、本来受け持ち患者数は平均4人となります。このことより、配置のムダをなくすという観点から、師長以外の全ての看護師が患者を受け持つようにし、看護師一人当たりの受け持ち患者数を減らすことにしました。
 従来の看護体制であるチームナーシングでは業務効率を上げるために早番、遅番、フリー看護師など受け持ちをしない看護師を増やしていった経緯があります。リーダーナースはチームの采配をするため受け持ちをしていませんでした。そのため、日勤看護師一人の受け持ち患者数は5~8人、多い時には10人の受け持ちをしていました。受け持ち患者数が多くなるので、当然時間外勤務も発生していました。新人看護師を指導する看護師も受け持ち患者数8名を抱えながら新人指導をしていたため余裕がなく、十分な指導ができないという声もたびたび聞かれました。自分の業務を抱えながら新人看護師への対応・指導をすることは、指導看護師にとっては大きな負担となっていました。
 また、セル看護では病棟勤務の看護師全員が同数の患者を受け持ち(受け持ち患者数の均等割り)、かつ各病室を複数の看護師が分担します。例えば4人部屋の場合、2名の看護師で分担し一部屋に複数の看護師が出入りするという仕組みです。経験豊富な看護師と新人看護師が同じ部屋を分担することで、新人看護師は先輩に学び、先輩看護師は新人の看護と成長を見守ることになります。1つの部屋に複数の看護師が出入りする仕組みを作ったことで、新人看護師が気付かなかった異常に経験豊富な看護師が気付き急変に素早く対応できたという事例もあります。新人看護師と経験豊富な看護師が患者のそばで一緒にいる時間が増えることで、お互いの看護が可視化され「自分が成長できていると感じる」ことが実感でき、それがモチベーションの向上につながっています。

-取組みの成果は?

森山 看護師の離職率にも好影響がみられ、2012年度に入職した新卒看護師87名において1年間の離職率ゼロが達成されました。当院では、毎年80~100名近くの新人看護師が採用となりますが、新人看護師の離職率は全国と比較しても低く、2015、2016、2018年度とも1名の新人看護師が離職したのみで離職率は1.2%でした。離職するのは毎年1~2名のみです。
 また、セル看護は、看護師の退勤時間を早め、それが職員満足度の向上につながっているのです。ママさん看護師が増えるなか18時には自宅にいて、「子供と同じ時間を過ごすことができる」を目安に「17時半に退勤できる」ことを目指しました。少しでも退勤時間を早くすることは、家族との時間を増やす、友人や同僚との交流を増やす、あるいは、趣味や勉強会に参加する機会を増やすなど、プライベートの充実をもたらしています。このように働く人の生活を豊かにすることは、医療人としての成長や充実をもたらし、結果的には『より良い看護師の提供』として患者に還元されるものと信じています。
 また、セル看護プロジェクトチームが一日の看護業務のタイムスケジュール・マニュアルを作成し導入しました。セル看護では仕事のやり方に時間軸を入れて業務の流れをつくります。限られた時間内で最高のパフォーマンスが発揮できる仕組みをつくることが重要だと考えたからです。業務の流れをマネジメントするうえで、重余な役割をする標準とはタイムスケジュールということになります。セル看護のタイムスケジュールに沿って、一日の業務を遂行し患者に必要なケアを看護師間で補完することで、勤務時間内にスタッフ達が最高のパフォーマンスができるようになります。朝の8時30分の出勤時間から17時までの退勤時間までの流れを標準化し、タイムスケジュールに沿って業務に遅れがないかを師長が常にチェックすることで時間軸を意識した生産性の向上が見込めると考えます。このようにタイムスケジュールは、時間外業務を削減するための業務遂行の標準となるものです。「標準なきところに改善はない」これは、飯塚病院では繰り返し言い続けられたていることです。現在は、タイムスケジュールを縮小・ラミネート加工し看護師全員がポケットに入れいつでも見れるようにしています。特に新人看護師には有効で看護部長ラウンド時に業務遂行状態を確認すると、タイムスケジュールをポケットから取り出し「大丈夫です。ほぼスケジュール通り進んでいます」という返事が返ってくるようになりました。また、退勤時間に直接影響を及ぼす“補完”もマニュアルを作成しました。ここで重要なのが、それぞれのスタッフの業務終了確認です。どのスタッフがどれくらいの業務が残っているのかを把握するために、スタッフ全員に残務が見えるように業務終了確認表を作成しスタッフの業務割り振りに公平感をもたせています。
 看護師のストレススコアが低減した、時間外が削減されたなど看護師にとっての良さは成果として出てきました。セル看護は現場で働く看護師は「良さ」を実感していることがわかりましたが、セル看護にとって大切なことは、患者さんにとって価値があるかどうかということです。看護師がそばにいることで患者は安心しているのか?一人になりたいと思わないのか?患者は嫌がらないのか?プライバシーはどうなのか?看護師の声や会話は気にならないのか?など看護師から不安の声も聞かれていました。そこで、セル看護は、患者にとってはどうなのか、価値が提供できているのか、そういう看護師の思いのもと患者へのアンケート調査を実施しました。退院された患者さんにアンケートを郵送し、約540人の方から回答を頂きました。たとえば一部ではありますが「看護師がそばにいてくれて安心できた」、「プライバシーが守られていないと感じることが全くない」といった肯定的な意見が8割近くありました。「看護師がよく声をかけてくれた」「看護師の態度や会話が気にならなかった」と答えた患者も7割以上を示していました。予想していた以上の患者さんが肯定的な意見でした。この結果を看護師間で共有できたことで自信をもってセル看護を進めていくことへの後押しにもなりました。

-さらに定着させるための課題は?

○タイムマネジメント

森山 師長が時間軸を意識して、看護師業務の流れをマネジメントすることがセル看護において大事な師長の役割だと考えています。師長は毎日終業時間を意識しながらタイムリーなケアの提供ができているか、全体がタイムスケジュールどおりに進んでいるかを確認します。この確認作業は病棟にいてこそできる仕事です。しかし、まだまだ実際は師長が委員会や会議などで現場を離れている状況があるのも事実です。師長ができるだけ病棟を離れないような仕組みを強化することが課題でもあります。
 タイムスケジュールを可視化することで、スケジュールどおりに進んでいるのか、もしくは今どれくらい遅れているのかが見えてきます。仕事時間の始まりと終わりの区切りをきちんつけることで、途中で予定外のことが起こっても、スタッフ全員でタイムスケジュールどおり元に戻そうと、補完する意識が生まれてきます。こういったセルフマネジメントが出来始めると、結果として全員が定時で業務を終われるようになるものです。限られた時間内で最高のパフォーマンスが出来るように業務の流れをマネジメントするというのは師長の役割だと思っており、そこを継続的に強化しているところです。

○業務補完-残務の見える化

森山 マネジメント業務のポイントの一つは業務補完として残務を「見える化」することです。当院では「17時半に退勤できる」ための取り組みとして、補完の時間を設けています。午前中、13時半、15時の計3回です。そこで残務のチェックとタイムスケジュールどおりの進捗かどうかを確認しています。実際の師長の補完のやり方を見てみると、看護師それぞれに用紙を渡して書いてもらったり、ホワイトボードに書き出していたり、師長のメモに記入していたりと、補完の仕方には、師長によって違いが見受けられました。どの補完方法が最も効果的なのかを明確にし、統一した補完のやり方ができるようマニュアルを整備しているところです。また、PDCAのC(チェック)はやはり強化する必要があるため、セル看護プロジェクトチームによる定期的なチェックだけではなく、3カ月に一度、セル看護推進研究会会長と看護部長の2名で院内をラウンドしています。

-今後の展開は?

森山 セル看護は、これまでの学会発表や約100施設以上からの見学の受入れ、講演会や執筆などの活動により、日本国内、及び海外にまでその知名度を上げることができました。今後は、それらを踏まえて今以上に多くの他医療施設における臨床での活用と、その効果の確認ができるように2019年4月に「セル看護推進研究会」を立ち上げました。この研究会の活動を通して、①セル看護の全国への広報・普及、②飯塚病院に対するセル看護の定着、以上2点を主な目的として、継続的な活動を行っていきたいと思います。